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4日目は東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根)初出場で3区を走った佐藤真優(総2=東洋大牛久)。8位でタスキを受け取った佐藤は、得意の粘りの走りで法大や中大との海岸線でのデッドヒートを制し、6位でタスキを繋いだ。堂々たる走りを見せた彼だが、まだまだ満足はしていない。向上心の塊のような男が箱根を振り返り、そして今後の展望を語る。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
・佐藤真優(取材日・1月15日、聞き手・髙橋 生沙矢)
――箱根のレースプランを教えてください
3区は下りが最初の10km続き海岸線に出てから10km直線なのですが、下りはある程度温存したペースで入って、後半で追い上げていくプランでした。
――箱根に対する気持ちと3区に決まった時の心境は
箱根は小さいころからテレビで見ており、その頃から夢であった舞台でした。そこに出場できるのが率直にうれしかったです。3区に決まった時は元々往路を走りたかったので、それに対する喜びと順位を上げていくためにしっかり走ろうと思っていました。
――レースを振り返って
今回はコンディションも良くて、周りの大学の選手はかなり速いペースで入ってきていました。(私は)かなり序盤の方から苦しい展開でしたが、持ち味は後半の海岸線沿いだと思って、そのラスト10kmでしっかり追い上げていこうと思っていました。焦りはありませんでした。ラスト10kmで一回抜かされた法政大や中央大が近づいてきているのが分かったので、そこをしっかり抜かして4区に渡そうと思って走りました。粘るのが自分の持ち味だと思っているので、それが行えたことが良かったです。
――同級生の松山選手との箱根路でのタスキリレーはどのような感想を持ちましたか
松山選手は高校生時代からかなり強いランナーで、同じ学年でありながら目標やライバルでした。そんな松山選手がしっかり順位を上げてきてくれたので、自分も頑張らないと、と思えました。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
――法大や中大とのデッドヒートで前に出られた中で達成感はありましたか
達成感と言うよりは国学院大に抜かれているので、達成感よりも、もっと前に行かなければという気持ちの方が強かったです。
――同じ東洋大牛久高校の木本選手とのタスキリレーにはどのような感想を持ちましたか
高校時代からの先輩ですし、三大駅伝を走ったことの無い選手だったので、少しでも走りやすい位置で渡そうと思っていました。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
――全日本大学駅伝対校選手権大会(以下、全日本)と箱根を比較して感じたことは
全日本でかなり不甲斐ない走りをしてしまっていたので、1区で流れを作ることが出来ず、チームもシードを落としてしまいました。比較と言うよりは、その悔しさと責任を箱根では果たそうと思って走りました。
――今回の箱根で良かった点と課題点を教えてください
良かった点は後半しっかりと粘って追い上げたことで、悪かった点は区間賞の東国大の丹所選手だったり、青学大の1年生の太田選手には、2分以上離されているので、ベースのスピードを付けなければいけないなと思いました。
――酒井監督の印象的な声掛けはありましたか
15キロの時点で酒井監督から、「責任感があるのだから最後絶対追い上げられるぞ!」と言われたのはかなり力をもらえました。
――酒井監督が責任感という言葉を出しましたが、普段から責任感を持って行っている行動はありますか
自分は学年の主任をやらせていただいているので、責任感を持つ場面は普段の生活でも多かったです。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
――腕に記した文字などはありましたか
スリーブに「その1秒をけずりだせ」と付き添いの先輩に書いてもらいました。
――来シーズンの抱負や意気込みをお願いします
今回は青学大に10分以上の差を付けられて負けてしまったので総合優勝を目指して頑張りたいです。
――主将の宮下選手が率いるチームはいかがでしたか
全日本駅伝でシードを落とし、かなり苦しいシーズンではありました。宮下さんや4年生の先輩が引っ張ってくれたおかげで、箱根駅伝、特に復路ではチームの底力を見せられたと思います。
――4年生に向けて一言お願いします
宮下さんには特に面倒をみていただき、他の先輩たちもチームのサポートをしてくれていて、感謝しかありません。
写真:陸上競技部長距離部門
◆佐藤真優(さとう・まひろ)
生年月日/2001・10・22
血液型/B型
自身の強み/粘りの走り