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2017.06.01
コラム

第559回 17度目Vの裏側 思い集う川越グラウンドで見たもの 執筆者・美馬蒔葉

 硬式野球班チーフに就任し、早4か月。気になればグラウンドに駆け、みるみる変わる選手たちの表情を一番見てきた自負がある。12季ぶり17度目の優勝の裏側には、たくさんの人の思いが集まっていた。

優勝に笑顔を見せる選手たち


 試合後のベンチ裏。硬式野球班では、チーフだけが入ることを許される秘密が詰まった場所。他の記者さんの囲み取材が終わってから、私は監督にお話を伺うのだが、それまでの間、荷物を持った選手たちはロッカールームへ引き上げる。私はこの時間がとんでもなく好きなのだ。

 人間だから、試合結果によって表情や漂うモノが違うのは当然。中大戦後の選手は(-_-)こんな顔だった。亜大2回戦の時は、普段は眉間にしわを寄せ、グラウンドでは感情を出さない飯田主将(営4=常総学院)が「やりましたよ!!!」と少し表情が和らいだ。国学大1回戦。九回二死から田中将也(営4=帝京)、中川(法3=PL学園)の2者連続弾で逆転勝ちしたあの日。「ほんまにやばい」「神ってる!」「この試合だけで映画一本できるで!」と飛び交うビクトリーロードは、アドレナリンと幸せオーラがいっぱいあふれていた。

この栄光は雨交じりの雪が舞うキャンプから始まった。


初の鴨川キャンプで汗を流す末包(営3=高松商)


球春の訪れを感じる2月の鴨川キャンプ。突然やってきた私に挨拶を欠かさない選手たちに「強いチームではなく良いチーム」を目指す主将の思いが伝わっていることを感じ取れた。初日は雨が降り続け、時間により雪が舞った。指揮官が「風邪を引いてしまう」と14時頃に練習が終わるまで、手がかじかみ鼻を赤く染める選手たちはバットを振り、球を投げ続けていた。休む間もなく始まるオープン戦。オープン戦では出場が少なかったがリーグ戦に出ている選手もいれば、その逆もいる。失策が目立った選手がリーグ戦ではほとんどなくなっていた。選手にお願いし、手のひらを見せてもらうと、大きなマメができており、投手陣は人差し指が硬くなっている。誰もいないグラウンドをこっそり覗くと、一人黙々と走っている選手を見かけることもあった。

だからこそ、ビクトリーロードでの姿を見ると、「頑張ってきたんだな」とこれまでの風景が走馬灯のように頭に浮かんだ。苦労や努力がないと自然と感情なんて出ない。あの時の我慢や犠牲は、間違いじゃなかったと自分が感じてしまっていた。


◆   ◆


優勝は試合に出ている者だけで成し遂げたものではない。飯田主将は優勝決定後の会見で『誰に感謝したいか?』という質問に対し、こう答えた。「メンバー外の人たち。自分たちが使ったグラウンドを整備してくれる。彼らがいなければ僕たちもいないですから」。

練習が終わると、背番号なき未来の英雄たちがグラウンドを整備する。一人ひとりが様々な思いを抱え、これまでの野球人生を引っ提げて母校のプライドを背負い、川越グラウンドにやってきた。今は名が知られずとも、「いつか俺が」と燃える男がたくさんいる。その時を虎視眈々と狙う者が整備するグラウンドには、強い思いが宿っている気がするのだ。この細かな部分から勝利は決まっていると思う。彼らも優勝メンバーだ。

そして、ベンチにはたった一人、選手と共に声を荒げている制服姿の方がいる。主務と呼ばれる言わばマネジャーのエースである。廣戸主務(法4=大社)は3年時、監督からマネジャー転身を打診された。コンバートに1か月ほど時間を要したが「監督の右腕になる」と意を決した。まとうユニフォームは違えど、志は変わらない。「一緒に練習してきた仲間ですから、特に思いは強くなります」。仲間もその思いは分かっていた。胴上げの時には、監督、主将の次に名前を呼ばれ、宙を舞った。「あの時は本当に嬉しかった。くるものがありましたね」。


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ウィニングボールを手に微笑む高橋監督


TOYOを胸に半世紀、高橋昭雄監督は愛に満ち溢れ、常勝軍団・東洋大学の指揮を執ってきた。彼の目には歓喜の瞬間が焼き付いている。そんな偉大な方は取材の時、いつだって「いつもありがとうね」と声をかけてくれる。2月に「お嬢ちゃん」だった呼び名も時が経って変わっていった。お嬢ちゃんから、美馬くん。気になる思いが強いあまりに、グラウンドへ行くことが増えると、マメ記者と呼ばれるようになった。(憧れの先輩も呼ばれたあだ名を襲名でき、非常に嬉しい。)胴上げ後の取材には「勝利の女神だよ」と。冗談だったとしても、なんだか心がワクワクした。東洋歴3年目の私にも愛をたくさん注いでくれる“大先輩”が宙に舞う姿を、私はもう一度この目に焼き付けたい。

全てはこんにちに続く道。5度目の日本一へ、勝負はここから。6月5日から始まる伝説の一週間をこの目で見ようじゃないか。


(硬式野球班チーフ)

TEXT/PHOTO=美馬蒔葉