Article

記事


2026.04.21
ラグビー

[ラグビー] 自信を失いかけた過去も乗り越え、必要とされる場所で自分を見つける旅へ/新入生企画『闘刃』第4日・吉川慎之助


 第4日はHO/NO8(フッカー/ナンバーエイト)吉川慎之助(済1=日向)。小学2年生の頃に幼馴染に誘われて始めたラグビー。多くのスポーツを経験するも、最後に手に取ったのは楕円球だった。日向高は入学当初、部員がわずか3人だったが、3年時には27人まで増えたチームを主将としてまとめ上げ、花園予選決勝に導いた。つらい時期を乗り越えて、チームの先頭に立ち続けた経験が今の原動力になっている。

 大学進学で選んだのは自分を必要としてくれる場所。今の自分を見つめなおし、意識している先輩の背中に懸命に食らいつく。持ち前の運動量とエゴを武器に見据えたルーキーイヤーの目標は「チームを代表する選手になること」。さらなる成長を目指し、新たな環境でも挑戦を続ける。(取材日=3月28日、聞き手=土田夏帆)


 努力の証明のために「日本代表」を目標に掲げた吉川


ーーラグビーを始めたきっかけ

幼馴染に小学2年生の頃に誘われて、体験に行って入ったのが始めたきっかけです。

同級生が明るかったので、楽しいなと思いました。先輩たちも最初は怖かったんですけど、優しくしてくれたので、始めたきっかけがそれかなと思います。


ーーラグビー以外での経験スポーツ

水泳、相撲、タグラグビーとソフトボールをしてました。


ーー習い事はスポーツ以外にもやっていたのか

最初、英才教育を受けていて親から(笑)。この感じで英語と習字もやっていました。



ーー高校3年間でもっとも印象に残ってる試合は

高校3年間で一番残っているのは、花園の予選かなと思います。僕たちは日向RSでラグビーを始めて、小学生の部門から富島中への持ち上がりみたいな形で、全然違う地域から日向市に富島中という一つしかないラグビー部にみんな集まるんです。

なので友達はそのまま富中に持ち上がって、僕たちの代は全国大会とか期待されてたチームだったので中学3年生の時に全国大会、2位になりました。(チームメイトは卒業後)1人は東福岡に2人は大分東明に行って、その残り組はどうするかを考えたときに、日向高校はもともと地元で花園行くぐらい強いチームだったんですけど、コロナ禍などで部員が3人になっていたので、そこに俺らが行って高鍋高校を倒して(花園に)行こうとなりました。

高鍋高校は15年連続花園に行くくらい強くて、その前までは日向高校と高鍋どっちが(花園に)行くかみたいな感じだったんですけど、日向高校の部員が減っていくにつれて高鍋が1強になって、(進学先を)をどうするか考えた時に時に高鍋を倒して日向高校で花園行こうって言って集まったのが僕たちの同期です。

部員の3人は富島中で知っていたんですけど、そこから初心者も入れて僕たちの代で27人にしました。環境がいいというわけでもないので練習メニューをキャプテンをやっていた僕が全部考えて。練習試合もお願いして、体重管理してウェートと体力が足りなかったので、トレーナーさんにお願いしました、本当に花園に行く気があったので。温度差が違って、孤立することもあったんですけど、みんながついてきてくれたことが日向高校に行って良かったことです。


チームが1度割れてしまったこともありました。高校総体が5月にあるんですけど、その時に7-70で負けて、中学の時には勝ってたのに、ふと客観的に見た時に7対70って10倍の差があるって相当なことで。

メンタルってよりかは花園(へ行くこと)の現実味がなくなってきたというか。僕は(花園に)行く気があったので、1人でいつものように練習を考えてこなしていたのですが、夏頃に1度ミーティングをして、みんなと話したんです。

そこからやっぱりみんなが「花園に行きたい」ってなって、またチームが1つになって。顧問の先生もラグビーにすごく詳しいというわけでもないし、すごく人脈あるってわけでもないんですが、僕がお願いしたことに全力で答えてくれて、ようやく花園に向き出したのが8月でした。

それからの4か月はどんどん雰囲気も明るくなって。花園予選決勝の時に負けてしまったのでふが、20-40で競った試合というか、前半は結構やられて自分も満足できませんでしたが達成感がありましたし、クラスの皆や周りから頑張っているところを見てくれていたので、皆が「お疲れ」と言ってくれた時も日向高校でラグビーやって良かったなって思った瞬間でした。



ーー入部したきっかけは

僕、最初は違う大学を志していたのですが、セレクションに落ちて、自信がなくなった時に(福永)昇三さんが日向高校まで来て話を聞いてくれて、「そうしたらうちに来ないか」と声をかけてくださったので、縁があって東洋大学に来ました。


ーー競技生活でのターニングポイントは

中学3年生の選抜大会で宮崎県代表に選ばれた時です。長崎選抜に負けたのですが、僕のワンプレーで負けたんですよ。それまではそんなめっちゃ努力してるわけでもないし、(努力を)したって言える自信もなかったので、めっちゃ悔しくて、そこから(ラグビーへの考え方が)変わったかなと思います。


ーー東洋大学ラグビー部にどんな印象を持っていたか

OBが何人かいて、日向高校からも何人かいたんですけど、全員東洋大学に行くって言ったらマイナスな言葉がなくて、めっちゃいいとこだよ、人間性も成長できるとこだよというのは全員から聞きました。なので、とてもいい大学だなって来ても思いますし、来る前から思っていました。


ーー高校と大学で違うところは

高校までは誰かが助けてくれたし、お願いしたらやってくれていたのですが、大学では自分が自分を鼓舞しないと無理ですし、誰もって言い方は悪いんですけど、そんな甘えられないのでそこが大学の良いところかなと思います。


ーー大学での寮生活について

寮生活は、自分のダメなところがはっきりわかるなと思います。私生活とか、ラグビー以外はどうでもいいって思ってしまう性格なので、洗濯が溜まりに溜まったり、時間がルーズだったりするので。高校生の時からそれは気づいていたんですけど、見て見ぬふりをしてました。でも大学では通用しないので、頑張らないといけないと今頑張ってます。



ーー見てほしいプレーについて

元気と運動量と、トライ前の自分のプレーは見てほしいです。エゴを見てほしいです。


ーーさらに伸ばしたいところについて

努力はもっとしようと思っていますし、自分の限界が来たと思ったら諦めるとこを伸ばしたいというか、自分をもっと知りたいです。自分をもっと成長させたいんですけど、それ以前に自分をもっと知りたいって思っています。僕は自分の意見があんまりなくて、全部人に合わせるタイプなので、ふとした時に何か「あれ俺、色んな顔があるな」と思いながら。なので自分を見つけたいです。


ーー憧れてる選手、意識してる選手は

1つ上の岩崎ヴィージェー純(総2=目黒学院)さんはずっと意識して見てます。ポジションが被るので、超えないといけない壁だと思っていますし、超えます。


ーー色紙に書いた言葉について

ラグビーをしてるなら誰もが目指すところだと思います。努力とかは全部、日本一になるのもそうですし、自分的には日本代表になって、自分は(努力を)やったと言える価値があると思うので。日本代表になりたいです。


ーールーキーイヤーの目標について

まずは一番努力して、自分は上のプレイヤーではないので、下からめげずにずっと這い上がって、チームを代表する選手になりたいです。


ーー4年間の目標は

日本一です。



◇吉川 慎之助(きっかわ しんのすけ・済1=日向)

生年月日/2007年11月5日

出身地/宮崎県日向市


PHOTO=土田夏帆、北川未藍