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1月2日から3日にかけて第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根)が行われた。往路9位、復路2位の総合4位で終えたレース後、長距離部門の酒井俊幸監督にお話を伺った。「鉄紺の証明」をスローガンに掲げて挑んだ昨シーズンについて振り返り、新体制で挑むシーズンの意気込み語る。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
・酒井俊幸監督 (取材日・1月15日、聞き手=水越里奈)
――箱根を振り返って
「鉄紺の証明」というスローガンのもと、3位以上を目標にしていました。惜しくも2秒届かず第4位という結果に関しては目標順位からすると残念ではありますけど、復路の追い上げを振り返れば学生たちがよく頑張ってくれたと思います。
――1区からハイペースで展開されたレースについて
想定よりも中央大学の吉居くんが引っ張るような形で、超ハイペースでいきました。児玉も10kmも28分30秒のハイペースで通過していき、10km以降非常に苦しい表情をしていたのですが粘っていたんですけど、17km以降に遅れてしまいました。ですが児玉以外は1区はできなかったのかなと思っています。
――児玉選手の1区の適正は日頃どのような点で
12月のトレーニングも非常に余裕を持ってこなしていましたし、1区の経験値も高いです。1区は色んな状況判断を自分でしなくてはならないんですね。そして1区と6区が極端に運営管理車からの声掛けが非常に少ない区間です。ですから、普段から自分で観察をして自分で判断をして自分で行動するということがすごく必要な区間だと思っています。その中で児玉という選手は普段からしっかり考えて行動ができる選手と思っています。
――スタート前、児玉選手にお声掛けは
留学生はいないけど今年は速い展開もありえるので、位置取りに関して指示はしていました。昨年はスローだったので後ろの方にいたんですけど、今年は速くなる可能性もあるから、十分備えて前の方に位置をしなさいと言っていました。
――2区・松山選手について
全日本大学駅伝対校選手権大会(以下、全日本)の走りとは異なり、集中力を切らさずに最後の上り坂を力強く走りきりました。昨年の自分の記録を超えて順位を上げてくれました。本人も(1時間)6分台までと言っていますが、昨年の走りの経験があって今年も上手く走れました。今年の経験をさらに次年度以降も生かして、今年届かなかった6分台を来年はしっかり叶えて欲しいと思っています。
――酒井監督からみてチーム内での松山選手の存在は
箱根駅伝で1年生から2区を務めるというのは走力もエース格の逸材なんですね。ですが彼は昨年、不本意なシーズンでした。関東インカレもそうですし、全日本もそうですし、出雲全日本大学選抜駅伝競争(以下、出雲)に至っては出場もできていないので。箱根と同じような走りをするということが、本当の真のエースになるためには必要なことかなと思っています。
――順位を2つあげた佐藤選手について
3区も1、2区同様にスピード区間となります。最近の箱根は3区の序盤が非常に速いです。佐藤に関しては、序盤は耐えながら後半しっかり粘っていこうという指示をしていました。実際序盤は抜かれることもあったんですけど、海岸線に入ってから後半でしっかり上げていけたかなと思っています。
――佐藤選手の今回の力走の要因は
本来、力がありながら夏合宿明けに調子が上がらず出雲も起用できませんでした。チームの中で主力の選手だと位置づけています。今回自信を持っていた部分と実は不安な部分もあったので、来年はもっと攻めの気持ちで序盤から走っていけるように成長を遂げて欲しいと思います。
――直前で予定を変更した4区・木本選手について
まずは勢いがあったことで起用に至りました。1年生の石田の調子が上がってこず、そこを調子が良かった木本にしようという意図がありました。
今回4区の10km地点で前を行く駒澤大に一旦追いついたんですけど、その後に後方から創価大の嶋津くん達が3、4人連れてきました。後方に追いつかれてから、彼が混乱してしまって本来の力が発揮できなかったんですね。ですので、彼に関してはトレーニングだけではなく、安定してブレないようなメンタルの強化などが必要なのかなと思います。
――5区・宮下選手について
主将の宮下で順位を大きくあげたいと思っていましたし、チームの戦略としても5区はストロングポイントとして考えていました。ですが、なかなか思うように力が発揮できませんでした。区間8位と頑張ってくれていたのですが、彼の区間記録保持者としての走りとしては物足りなさもあって、少し不完全燃焼な結果となりました。
――監督からみた宮下主将の強みは
思うようにトレーニングができなかった分、逆に周りを巻き込んで自分が行う練習前のウォーミングアップや準備などの細かなところで、模範となるような行動が宮下自身からでたことです。下級生も含めてそういうところからしっかり定着できていったなという点で、彼の力が大きいと思います。
――朝4時からの練習は宮下選手からですか
そうですね、全日本の後です。毎朝やるとなると疲労も取れないのですが、体を作る時期にはそのくらい集中して、トレーニングの前に自分のトレーニングをしっかり行ってくるなどしていました。そういう試みから、非常に箱根にかける思いが、宮下から動いていったのかなと思います。
――6区・九嶋選手について
2年連続の6区ですが、下りが思うように速度が上がりませんでした。ですが、残り3kmの平地に関しては昨年からの進化の部分を感じました。そこで区間順位を上げられたことは良かったと思います。
――監督車からはどのようにご覧になっていましたか
昨年より力がついているなというのは監督車から見てもわかりました。最後の余裕があっただけに、まだまだ頑張れるのではないかなと思いました。
――出雲、全日本と活躍した九嶋選手の1年間の成長について
まず1年を通してトレーニングできたというのが大きな成長につながったと思います。チームとしても主力の中の1人に成長したなと思っていますので、昨シーズンの走りをさらに発展していって欲しいなと思います。
――1年生で唯一の出走となった梅崎選手について
1年生ということで本人自身が不安な面もありましたが、前半は冷静に走れました。後ろから23秒後にきた法政大の選手と15kmに渡って並走しながらも、途中ペースアップするところは思い切りよくいけました。そこは、こちらに対しても信頼してくれて指示通り走ってくれたなと感じました。前半戦は安定したペースでいってはいるのですが、来季からはもっと序盤からハイペースで攻められるような経験を積んで欲しいなと思いました。
――1年生から唯一の抜擢ですが
全日本の走りも非常に良かったですし、高校時代までも駅伝で安定して走れています。ロードの走りは得意なので。1年生の中から起用するというのも大きな意味があります。彼が出たことで他の1年生たちにも奮起するきっかけにして欲しいなと思っています。
――箱根駅伝出場前の蝦夷森選手にはどのような声かけを
4年生になって思うようなシーズンではなかったのですが、「絶対に最後まで諦めるな」と。「最後の最後まで何が起こるかわからない」と伝えました。
彼の良いところは、スタートラインに立った時の勝負度胸や安定感はすごく高い選手ですので。「スタートラインに立てばなんとかなるよ」と話していました。
――実際に8区の走りを見て
序盤から安定したリズムでピッチを進めていったのですが、途中から後ろにいた選手を振り切りました。最後、前を行くランナーに追いついたというのはすごく大きいです。6区7区8区で最後にしっかり区間順位をあげてくることができたということが、最後9区10区の走りに生きる。特に蝦夷森の区間4位のところからだいぶチームのリズムも良くなったので、これは大きいなと思いました。
――9区・前田選手について
往路起用も考えた前田ですが、復路の「要」として9区に起用しました。彼自身も区間賞を狙っていきたいと言うくらい、自身の役割も自覚していました。その中にあって、序盤から速い入りでレースを進めたんですけどもこれも狙っていたレース設定でいけましたので、内容としても再現性があります。9区東洋大記録を更新しましたが、さらに上積みができるのではないかなと思っています。
――前田選手の自信溢れる走りの要因は
練習からすると、年間通してトレーニングを継続できているということが1つの要因です。また、ただ練習をこなせば良いという風に考えていた時と違って、今は「自分の走りでチームを何とかしなければいけない」とか、走れれば良いのではなくて「自分が走ったことによるチームの流れ」とか「それをどんな風に変えたい」とか。視点が広がったことが彼の成長につながったと思います。
――10区東洋大記録を更新し、区間2位の走りを見せた清野選手の走りについて
元日に祖父が亡くなり、精神的にもかなり大きなショックを受けていました。その中でも出場することに対する決意が強く感じられましたので、清野でしっかりいこうと。「10区でいくぞ」と伝えました。走りの中でも昨年以上に「トップ3まで行かなければならないんだ」という、攻めの走りをしなければいけないという強い覚悟や思いが彼からすごく伝わってきました。
3番が最低目標だっただけに、3位を取りに行くんだということは、レース中の声掛けで伝えていました。特に10kmを通過して、前を行く3位争いをしていた駒澤さん、中央さんが見えていただけに、「これはまだ諦めなければいけるぞ」と。私も彼も3番は目標に狙っていただけに、届かなかったことに悔しさを感じました。
――清野選手を起用するまでの経緯は
フィジカルトレーニングをコツコツやれる子で正確に事を遂げる子なので、直前の調子さえ上がってくれば十分起用ができるのではないかなと考えていました。
――昨年に比べ安定したフォームについて
彼は身長184cmと非常に高いし、手足がとても長いです。手足の長さを生かすには安定した体幹トレーニングやインナーマッスルの強化がすごく大事なのですが、そこが昨年よりも進んだことで手足を生かす走りに更にできたのではないかなと思います。大きい選手の方が、走りが完成してくると非常に有利になってきますので。彼の場合今回23kmという長丁場を、彼のフィジカルの強みで上手く走れたのではないかなと思います。
――例年、東洋大は高身長の選手が多い印象がありますが
小さい選手もいますけど、前田は190cmありますし、清野は184cmありますし。長丁場というところは大きい選手がしっかり走れると、ダイナミックですごく魅力的かなと思います。
――全日本を終えて「別チームのように一変した」とありますが、具体的にどのような点が変化しましたか
自分視点からチーム視点に切り替わっていくことができた選手が多くいたのではないかなというところです。駅伝は個人の走りのつながりだが、それはチームがあってこその個人なので。個人の走りがバラバラだとつながった時にそれはチームの走りではないんですね。東洋大学が箱根で示す鉄紺の走り、伝統的な走り、今のメンバーでできる最大限のパフォーマンスをどう演じるのか。これらを全日本と違って箱根で表現できるようなチームになったところが、変化したところだと思います。
――全区間を通して、監督車からご覧になった印象
今回は、声掛けができた時に「しっかりと聞こえていたら右腕を上げて欲しい」と言っていたのですが、どの区間の選手たちも力強くいい顔で腕を上げてくれました。声を聞けるだけの余裕もあるし、しっかり良い準備ができたのではないかなと思いながら管理車で見ていました。
――昨シーズンを振り返って
第97回箱根後に緊急事態宣言下で活動制限があり寮も閉鎖となりました。新チームの始動は春からとなり例年と異なりました。それ以降関東インカレや日本インカレ、出雲こそ3位でしたが、全日本は14年振りにシード権を逃すという本当に苦しい中でのシーズンでした。その中で、箱根でトップ3を目指すと言っても下馬評も低い状態でした。
――今年は全日本が予選からという、例年異なるスケジュールについて
6月に10000mのレースに出なければならないということではありますが、それを悪い方向に捉えずに、プラスの方向に捉えられるように。昨年休んでいた1月2月3月を実際そこに出るための準備と捉えて、意欲的にやっていきます。そして予選会から、全日本本戦で上位争いができるような戦いを目標にしていきたいと思っています。
――4年生へ向けてメッセージをお願いします
コロナによる制限もあり、それでも4年間続けてくれたことに感謝の気持ちで一杯です。箱根で走った者、走れなかった者、サポートに回った者もいますが、終わってみれば、箱根を目指したことで成長した部分が大きいはずです。そこをしっかり大事にしながら、社会人になって本当の勝負をしてほしいと思います。