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2023.02.11
陸上競技
[陸上競技]第99回箱根駅伝インタビュー5日目・柏優吾
唯一MGCの権利を獲得し、東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根) に挑んだ柏優吾(済4=豊川)。そんな彼の最初で最後の「夢見てきた舞台」の挑戦が終わった。鉄紺に入学を決めた思いや、実業団での抱負、後輩に向けた言葉を語る。
・柏優吾
――レースプランは
落ち着いて自分のペースで前を追いながらレースを展開すること。ラスト5kでは1k5秒、前と縮めるプランだった。
――レースを振り返って
4年生として情けないレースだった。3区の小林が勢いづけてくれたのにその波に乗れず前との差を縮めることが出来なかった。その分、キャプテンや復路メンバーに負担をかけてしまったことは申し訳ない気持ちで一杯だった。 レース中は自分の知る多くの人が応援に駆けつけて下さり、箱根駅伝の偉大さや日々支えられていることに改めて実感させられるレースだった。
――4区に決まった時の心境は
自分が往路を走って勢いづけると強く思っていたので腹を割っていた。不安もなかった。
――初出走となった箱根駅伝について
改めてこれが箱根駅伝なのかと痛感させられた。学生駅伝の中でも別格だった。個人結果は不甲斐ないが、家族含めて多くの応援してくれる方々に夢見てきた舞台で走る姿をお見せできて素直に良かったと思っている。
――よかった点や悪かった点はありますか
よかった点:順位をわずかだが2つ上げた。 悪かった点:区間2桁で凡走以下であり、キャプテンに渡す前に良い位置で渡すことができず目標タイムよりも1分遅かった。
――タスキを貰った時の心境は
3区の小林は高校の後輩であり、最後の駅伝で襷リレーをするとは思ってなかったので、素直に嬉しい気持ちと、更に自分で順位を上げるという燃える気持ちだった。
――監督からどのような声かけがありましたか
柏の箱根もあと1kしかない、ほら前が見えてるぞ、見えているなら行くしかない、完全燃焼してこい!!
――北海道マラソン後から何か変化はありましたか
沢山の人からおめでとうの言葉をいただいた。自分自身は世間から見られる立場となりより自覚と責任が増した。
――東洋大学進学されたっかけは
中学校の顧問の先生が東洋大学陸上部出身で、よく練習にも参加させてもらっていた。中学の頃から東洋の雰囲気を感じてきて自分もここに入って先輩方のように活躍したいと思ったから。
――今季1年を振り返って
挑戦する熱い気持ちと悔しい気持ちが入り混じる1年だった。マラソンや初めての全日本大学駅伝、箱根駅伝は自分にとってまだ見ぬ経験に飛び込む形であり魂を燃やせたものだった。対して、その裏側には悔しい気持ちもあり、駅伝で結果を出せなかったことや春先のインカレ不出場など求める結果を得られなかったことは事実だった。
――今後の目標は
実業団ではマラソンランナーとして勝負していくので、簡単なことではないが世界大会を目標に常に頑張りたい。
――東洋大の後輩にメッセージをお願いします
僕みたいにセンスのない者でも、諦めずに自分の掲げた目標・目的に向かって積み重ねていけばいつかは分からないけど、必ず花開くということを少しだけ示せたと思う。だから今行き詰まってる子でも諦めずに直向きに取り組んでいただきたいです。 皆んなの活躍を心から祈ってます。 そしてありがとう。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
◆柏優吾(かしわ・ゆうご)
生年月日/2000・4・19
身長・体重/170・55
走りの強み/後半の粘り