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2023.02.11
硬式野球

[硬式野球] 硬式野球部を追い続けて30年 金水和昭さんスポトウ独占インタビュー・最終日~栄光のドラフト~「神宮でのドラフトは試合どころじゃなかった」

2022年、東洋大学硬式野球部は創部100周年を迎えた。スポトウは特別企画として、硬式野球部を30年以上追い続けている金水和昭さんへの取材を行った。『スポーツ東洋』97号(2022年12月20日発行)では、5面で金水さんが見てきた硬式野球部の姿をお伝えした。今回Webでは、金水さんに行ったインタビュー全文を3日間にわたりお届けする。


2010年のドラフト時


金水さんのスポトウ独占インタビュー・最終日は、「ドラフト会議」や歴史ある神宮球場に焦点を当てる。東洋大広報とドラフト会議のつながりや、撮影中に起きたまさかのハプニングとは。(取材日・11月4日、聞き手=宮谷美涼)



ーー東洋大は、プロ野球選手も多く輩出してきましたが、ドラフト会議にはいつ頃から関わり始めたのですか

最初は、ドラフトを大学でやっていなくて。今岡(H8年度法卒)とか、清水(H7年度営卒)の時は全然広報が絡んでいない。場を設けるってなったのは、大場翔太(H19年度営卒)の時からよ。2007年に、田中大輔(H18年度営卒)と永井怜(H18年度法卒)が指名されて、そこから大学の広報課で、ドラフト会議を記者会見と化して、メディアを呼びましょうってなった。しかも今度は大場で(メディアが)大勢になるからってことで、広報で企画して、実際メディアが60社くらい来たよ。


多くのメディアが東洋大を訪れた


ーー大場投手はドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスから指名を受けました    

指名挨拶で、王監督がきて、すごいことになったんだよ。威圧感がすごくて、今でも覚えている。


「交渉権獲得」の紙を持ち笑顔を浮かべる大場

白山キャンパスで祝福を受けた



ーー過去には、東洋大で行われていないドラフト会議もあったようですが

2008年、大野奨太(H20年度営卒)が北海道日本ハムファイターズに1位、上野大樹(H20年度営卒)が千葉ロッテマリーンズに3位にかかった時、神宮でドラフト記者会見を行ったのよ。広島東洋カープに行った亜大の岩本と、大野が並んで、東都のドラフト1位同士っていうことで並んでやったんだよ。それが終わった後に、上野が3位だからって、東洋大バージョンの会見をやったのよ。


神宮球場の裏で写真撮影


同期バッテリーがプロの道へ


ーーどういう状況なんですか

試合中にドラフトがあるんだもん。どこに指名されたとか、どうのこうのだからみんな試合どころじゃなかったよ(笑)。


この日は3位で指名された上野が完投した


大野も1安打と活躍し亜大との接戦を制した


ーー2011年には、藤岡貴裕(H23年度営卒)投手が千葉ロッテマリーンズに1位指名されました

鈴木大地(H23年度営卒)も3位で千葉ロッテに指名されてね。(藤岡は)山下徳人(S62年度営卒)っていうロッテのスカウトがさ、藤岡のことずっと見てたんだよ。山下は東洋の卒業生だから、東洋ほしいって気にかけてくれていたんだよ。


ドラフト前、6号館の学食で腹ごしらえ


1位指名で祝福を受ける藤岡


千葉ロッテに1位で藤岡、3位で鈴木大地が指名を受けた


ーードラフト会議で印象に残っていることは

忘れられないのは、2018年、中川圭太(H30年度法卒)の7位指名だね。今までは、5位が最低順位だったなか、あそこまで待たされて。お母さんの喜びようはすごかったね。よくオリックス見てたよね。


杉本前監督と肩を並べる中川


2018年は4人も指名を受けた


ーードラフト候補の選手がいると、プロとの試合も多く行われますね

東都で活躍すると、プロアマ交流戦とかに出るのよ。それでドラフトに向かうんだよね。オープン戦は、川越キャンパスでもやるけど、相手によっては(ZOZO)マリンとかでやっていたね。日本ハムは鎌ヶ谷だった。

千葉ロッテ2軍との試合は本拠地球場で行われた(2011年)

日本ハムとの試合(2011年)


ーー神宮球場も歴史が長いですよね

最初は、土で芝生だった。カメラ席は、上の雨よけがなかった。雨よけで出すことができたんだけど、ずっと出しっぱなしじゃなかった。出しっぱなしの方がいいよね。前だけ見てればいいから(笑)。


2005年の神宮球場、カメラ席に屋根がない


ー今年度の入替戦で、ファールボールが当たっていましたが、結構そういった機会はあるのですか

(ファールボールは)観客席で見てて、腕に当たったときがあったね(笑)。うどんを食べていたら、「どん」って肘に当たって、すごい痛い(笑)。見てたらきりがないよ(笑)。


ーー長年やっていると、ハプニングもありますよね

俺ね、人生で2回けがして入院したことあるんだよ。1回目が、1994年春の東洋大と駒大の優勝決定戦。神宮で転んで骨折した。裏の(ベンチや記者席につながる)階段があって。あそこは滑るじゃない。そこで転んで骨折して、3ヵ月日医大に入院していた。神宮は滑る(笑)。そうして秋のリーグ戦から復活したんだよ(笑)。


金水さんが転んだという神宮の裏の階段


ーーもう一回は

2回目は、原樹理(H27年度営卒)のドラフトが決まって、指名挨拶があるっていって、川越キャンパスに行って、それを撮って、帰りがけに駐車場ですっころんで1カ月ぐらい入院してたね。野球部がらみでそういうこともありましたよ(笑)。


ーー今の東洋大の戦力を見ていていかがですか

高校時代の実績からみると、今までにないような選手がそろっているなって思うんだ。でもここ2、3年は、コロナがあったから、普通の練習をやれてないから。もしコロナがなくて、普通の大学生活送っていれば、ちょっとは違っていたと思うよ。


ーー最後に硬式野球部に一言お願いします

頑張れ。それしか言えない。こっちは応援するしかできないんだもん。カメラマンをやっている以上、やっぱり笑ってる写真を撮りたいな。

2010年春のリーグ優勝


日本一を再び見るため、金水さんはシャッターを切り続ける


◇プロフィール◇

金水和昭(かねみず・かずあき)

生年月日/1956・6・8

東洋大学2部社会学部卒業


※写真は、金水和昭さん提供


◇金水さん独占インタビュー◇

1日目:~東洋大広報になったきっかけ~「気づいたら抜け出せなくなっていた」

2日目:~戦国東都とは~「一番面白いのは入替戦の第3戦」