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2023.02.28
陸上競技
[陸上競技]第99回箱根駅伝インタビュー11日目・清野太雅
3年連続東京箱根間往復大学駅伝競走のアンカーを任された清野太雅(済4=喜多方)。シード権獲得へ緊張感が張り詰める中、安定感のある走りを見せ、14年連続となるシード権獲得に大きく貢献した。そんな彼が箱根の振り返り、同期や後輩、監督への感謝を語った。
写真:東洋大学/月刊陸上競技
・清野太雅
――10区を振り返ってみて
8区木本、9区梅崎が素晴らしい走りで順位を押し上げ、シード権内で襷を繋いでくれたので焦らず落ち着いて走れました。
――3年連続のの10区となりましたがいかがでしたか
チームの中で誰よりも自分が良いタイムで走れるという自信と自分が走らなければならない責任感がありました。
――10区に決まった時の心境は
昨年は区間2位だったので今年は区間賞を狙おうと思いました。
――タスキを貰った時の心境は
ここまで襷を繋いでくれた1区から9区の選手への感謝。
――城西大と競う展開が続きましたが、どのようなことを考えて走っていましたか
シード権外の11位の大学とはタイムが開いていたので、後ろは気にしないで城西大学に勝つことだけを考えていました。
――ラストを振り返っていかがですかまた、監督からどのような声かけがありましたか
今年は終始向かい風だった為、ラストに力を残せず上手く切り替えられなかったです。 監督からは、ニューイヤー駅伝の先輩達のラストスパートを思い出そう。と声をかけられました。
――今季を振り返っていかがでしたか
1年間故障は無かったものの調子がずっと上がりませんでした。その中でも夏の北海道マラソンで入賞できたり、箱根の2週間程前から調子が上がり10区を走れたのは良かったです。
――同期や後輩にメッセージをお願いします
三大駅伝で結果を残せなかった悔しさを忘れず、新チームで強い東洋大学を作り上げて欲しいです。
――3年間走られた箱根駅伝はいかがでしたか
小学生の頃から憧れていた東洋大学で箱根駅伝を走ることができた喜びと伝統を継承する難しさを知りました。
――東洋大学に入学された理由は
小学生の時、東洋大学OBの柏原さんが山の神と呼ばれ、活躍している姿をテレビで見たのが東洋大学に憧れたきっかけです。
――中国電力で競技続行とお聞きしましたが、今後の抱負をお願いします
東洋大学で学んだことを活かして、将来はマラソンで活躍したいです。
――監督向けてメッセージをお願いします
4年間ご指導ありがとうございました。入学当時、力の無かった自分が箱根駅伝を走るまで成長することができました。感謝の気持ちを忘れず、新たな目標に向かって頑張ります。
◆清野太雅(せいの・たいが)
生年月日/2000・11・18
身長・体重/184・64
走りの強み/粘りのある走り