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箱根駅伝復路当日の1月3日午前6時。スタート前に悔し涙を流した選手がいた。事前に発表されていた区間オーダーで8区に登録されていた永吉恭理(総4=須磨学園)だ。
聞きたくない知らせだっただろう。酒井監督から電話越しに区間変更を告げられると、涙があふれ出た。昨年も8区にエントリーされながら、当日変更で出走がかなわなかった永吉。ラストチャンスに懸けていた思いは、誰よりも強かったはずだ。
箱根駅伝に憧れ
永吉が陸上を始めたのは中学1年生の頃。「太っていたから痩せたいな」。そんな思いつきで始めたこの競技に、いつしか強い思いを抱くようになっていた。
「中学3年生の時に友達の家で箱根駅伝を見ていたのですが、西山和弥(R3総卒=トヨタ)さんが大学1年生の時に1区で区間賞を取られていた姿を見て、自分も東洋に行きたいなと思いました」。テレビに映る鉄紺ランナーに心を惹かれ、東洋大学への進学を決意した。
膝のけがにより競歩選手に
箱根駅伝出走を夢見て東洋大に入学した永吉。しかし、大学での競技生活で待ち受けていたのは”試練”だった。
競技生命に危機が訪れたのは大学1年の頃。 永吉は膝にけがを負い、「他大学なら陸上を辞めるきっかけになるだろうし、自分の中でも『陸上はこれで最後なのかな』と思っていた」という。一時は競技断念も頭によぎっていたが、そんな永吉に手を差し伸べたのは指導陣だった。
「競歩やってみるかとか、別の道に手を差し伸べてくださったりと真摯(しんし)に向き合ってくれました」
指導陣の提案により、リハビリの一環として膝への負担が少ない「競歩」に転向することを決断。2年生に進級すると競歩を始め、主要大会にも出場。着実に力をつけていった。
手術を経て夢の舞台に挑戦
競歩に転向してから約1年。ついにあこがれだった箱根駅伝出場を目指すことができる土俵に戻る時が来る。復帰早々、膝の故障により手術することになったが、競歩から長距離走への完全復帰を果たした。
箱根駅伝メンバー入りへ一歩前進したのは、自身が最も思い出に残るレースだと語る2023年11月に行われた小江戸川越ハーフ。初ハーフながら1時間3分台をたたき出し「箱根駅伝のメンバーに入る大きな要因になった」。このレースでの結果もあり、永吉は箱根駅伝のメンバーに名を連ねる。
事前の区間エントリーでは8区に登録し、競歩との「二刀流」選手として注目を浴びていた永吉。しかし、無念にも当日変更により出走はかなわなかった。
ラストチャンス、届かなかった夢
3年目では当日変更で出走はできなかったが、夢をあきらめることはなかった。
最終学年となった永吉はラストチャンスに挑む。12月に発表された区間エントリーで昨年と同じ8区に登録。出走目前まできていた。
しかし、残酷にも永吉の出走はかなうことはなかった。
復路当日の午前6時。監督から電話越しにリザーブだと告げられた。「2年連続8区でエントリーしていて、リザーブとなった時は涙を流しました」。中学生の頃から追い続けた夢は目の前で消え去り、その悔しさは計り知れなかった。
そんな中、当日変更で8区を走った網本佳悟(総3=松浦)が区間2位の好走。「悔しい部分もありましたが、代わりに走ってくれた網本があれだけいい走りをしてくれたので、悔しい中でも網本で良かったなと思います」。そう語った永吉の表情は誇らしいようで、どこか切なそうな表情にも見えた。
「お互い最後の箱根駅伝だぞ!」同期の背中を押した力水
箱根路をタスキをかけて走ることはできなかったが、永吉には重要な役割を任されていた。
それは9区の14.7㌔地点。同期である吉田周(総4=広島国際学院)への力水だった。
急きょ決まった給水担当で永吉は前との差を冷静に伝えた後、吉田に自身の思いを託した。
「お互い最後の箱根駅伝だぞ!最後まであきらめずにいってくれ」
力水を受け取った吉田は、後れをとっていた4校のシード争いで、誰よりも早く中継所に飛び込んだ。「給水のところで永吉の姿を見れたときに、前を走る大学と離れかけていたのですが、もう一回行くしかないと思いました」。永吉の力水は吉田の背中を押していた。
夢はかなわずも「東洋大学に入ってよかった」
「(指導陣の方々が)真摯に向き合ってくれて、そのおかげで今の自分がいます」。何度もの試練がこの4年間、永吉に降りかかってきた。それでも、あきらめず逆境に立ち向かってこれたのは、指導陣が真摯に向き合ってくれたから。最後は夢がかなわずも「東洋大学に入ってよかった」と永吉は胸を張る。
諦めない心はいつか実を結ぶはずだ。「競技を続ける人たちは記録会などで会うことはあると思うので、その時は絶対負けないぞと伝えたいですね」。そう語る永吉の目の奥には光が宿っていた。
陸上という競技は時に厳しく、つらいこともある。それでも、永吉はそのすべてを糧にして今も走り続けている。そして、これからも彼の挑戦は続いていく。
TEXT=北川未藍