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令和6年度卒業企画31日目
この春、東洋大を卒業する陸上競技部長距離部門の4年生。鉄紺の強さを取り戻すために奮起してきた彼らが、大学競技を終えた今、何を思うのか。今年の箱根駅伝にエントリーされた4年生6名へのインタビューをお届けする。
卒業企画陸上競技部編、長距離部門の最終日は梅崎蓮(総4=宇和島東)。主将としてチームを率いてきた梅崎。「耐える」ことが多かったと言うが、そんな中でも鉄紺の強さを支え続けた4年間をたどる。(取材日=1月15日、聞き手=近藤結希)
――陸上を始めたきっかけは
中学校のころは別の部活で、ソフトテニス部でした。駅伝には助っ人で出ていて、そこでまずまず結果は出ていたので始めました。
――東洋に入学したきっかけは
わざわざ地元の愛媛まで来ていただいて、お誘いいただいたので、東洋大学なら強くなれるかなと思ってここに来ました。
――入学前の印象や実際に入ってみて
入る前は厳しい部分があると聞いていたので、覚悟して入りました。もちろん厳しい部分はありますが、理不尽な厳しさではなくて、自分のための将来に生かせることを学べたので、よかったと思います。
――入学前の目標は
箱根駅伝に出てしっかり結果を出すことが目標だったと思います。
――目標はかなったか
そうですね。段階的にも1、2、3年と走らせていただいて、3年には花の2区を走らせていただいたので、成長できたのかなと思います。
――4年間の中で思い出に残っている試合は
1年の時の全日本大学駅伝です。初めての三大駅伝への出走で、石田ともタスキをつなげましたし、楽しんで走れたというので記憶に残っています。
――大学陸上のターニングポイントは
2年生の時の関東インカレでハーフマラソンに出て、そこで2位を取れたときです。大学でその時までは全然結果を残せていなかったので、そこでしっかりと結果を残せたことが自信につながったかなと思います。
――関東インカレでは3年連続の表彰台となったが
非常にうれしいですし、3年連続で表彰台を取れたことはよかったです。でも、その表彰台の中で優勝だけが取れなかったので、心残りな部分はあります。
――大学陸上で1番の心残りをあげるなら
やはり最後の箱根駅伝を走れなかったというのは自分の中でも悔しいというか、心残りな部分もあります。ああしておけばよかったと思うことは多かったです。
――箱根に出られないと決まったのは
出られないと正式に決まったのは31日とかでした。
――直前だった
そうですね。足を痛めながらやっていたのですが、やっぱり痛みが取れなくて。もう無理かなと。そのままではチームに迷惑をかけてしまうだけだったので、辞退というか、出場しないということになりました。
――出場できないと決まった時はどんな気持ちだったか
出られないと決まった時はやはり悔しいとか、情けないというか。チームに迷惑をかけてしまったなという風に思って落ち込んでしまう部分もありましたが、自分が暗い顔をしていてもチームのためにはならないと思ったので、すぐに切り替えました。サポートすると決めたので。
――当日はどんな思いでその走りを見ていたか
みんなが走ってくれて、20年連続のシード権を獲得できたことはすごくうれしいです。
――その中でも心に残っていることは
いろいろありますが、同期の小林がずっと(先頭で)引っ張って秒差でつないでくれたり、吉田周がしっかり最後まで粘ってくれたというのは、自分としても代わりに走ってくれたという思いはありました。あとは(西村)真周や薄根が「4年生の分まで走る」と言ってくれたことが本当にうれしかったです。
――手袋の名前について
真周は、自分は付き添いで(その日以降は)もう会えないので1日に書いたり、薄根は当日の付き添いだったのでアップの時に書きました。
――主将として過ごした1年はどうだったか
主将としてやってきましたが、思うようにはいかなかったかなと思います。前半シーズンの関東インカレくらいまではチームとしてもよかった部分が大きかったのですが、出雲・全日本では全然ダメだった部分が多かったので、主将としてチームを引っ張り切れていなかったことが本当に申し訳ないなと思います。
ーーチームを引っ張る立場となって
自分は言葉で引っ張るタイプではないので、結果を出して引っ張るというのが自分(の主将としての在り方)でした。しかし、最後は引っ張り切れていなかったので、もっと引っ張りたかったなとは思います。
――主将として成長したことは
成長した部分は周りを見る力です。3年までは自分に集中していたので周りを見ることはあまりなかったのですが、4年になってからはそういうわけにもいかなくて、キャプテンとしてチームのために働く力というのは成長したかなと思います。
――酒井監督の指導を受けて
ここにきて1年目から4年目までしっかり成長することができました。競技だけでなく、生活もしっかりするというのが東洋大学の方針なので、そこを学べたこともよかったです。
――学生のうちからマラソンに挑戦したことについて
いずれマラソンには挑戦したいと思っていたので、その経験が実業団に行ってからも生かしていけるのかなと思います。
――今後の目標
まずはしっかり結果を出すことが大事なので、1年目から活躍できるような選手になりたいと思います。
――色紙の言葉について
『忍耐』という言葉を選びました。4年間、耐えることが多かったのですが、1年から4年まで、色々な苦しい経験を耐えることで成長につながったのでこの字にしました。
――同期へメッセージ
自分がキャプテンをやっていく中で、同期に助けられた部分がかなり大きいので、非常に感謝していますし、頼もしい存在でした。ありがとうございました。
――後輩へエール
今年箱根を走ったメンバーが8人残るので、彼らがしっかりチームを引っ張っていけば上の順位も狙えると思います。みんな力があるので、頑張ってほしいです。
――東洋の伝統を意識することはあったか
そうですね。特に駅伝などは失敗が許されない場所なのでかなり緊張しましたし、キャプテンになってからもその伝統を崩してはいけないので、考えることは多かったです。
――4年間を振り返って
苦しいことは多かったですが、いろいろな経験もできました。濃い4年間だったなと思います。
――東洋大にきてよかったですか
はい。よかったです。