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2025.03.31
陸上競技

[陸上競技] 「こんなところで終われない」苦しみながらもチームの強さを求めた短距離部門主将・萩原拓斗 後輩に託す夢

 9月22日、等々力陸上競技場に涙を流しながら笑う主将の姿があった。

 短距離部門の4年生にとって集大成となる日本インカレ。最終日、最終種目のマイルリレーで東洋大が優勝を果たしたとき、今年度の東洋大学陸上競技部短距離部門を率いた萩原拓斗(法4=岡崎城西)はスタンドで思いをあふれさせた。





憧れた東洋大へ、激動の3年間


 4年前、今年度の主将を務めた萩原は、一般入部で東洋大陸上部の門を叩いた。


 高校生の時、大舞台で活躍する東洋大の選手に憧れ、2年生の春に監督に直談判。「結果を出せれば」と言われたものの、3年時はコロナウイルス感染拡大の影響で各種大会が中止になり、結果で見せる機会を失った。それでも「行きたい気持ちは変わらない」と連絡を送り続け、一般入部で陸上部の一員となった。



 「つらくなかった時期の方が少ない」。そう語る萩原の4年間は苦しい時間が続いた。

 大学2年生で46秒台を記録。関東インカレのマイル優勝メンバーともなり、めきめきと頭角を表したが、3年生になり状況は一変した。


 「今思えば、ちょっとおごっていた部分もあったのかなとかも思うんですけど。でもそれ以上にプレッシャーも感じてしまっていました」。

 今まで以上の結果を出さなければいけないという重圧から調子を崩し、思うようにいかない日々。前年とのギャップがより萩原を苦しめたという。





チームのため、主将になることを決意


 「結局大3は全カレが終わった後にけがをしてしまって、何もきっかけをつかめずで。1番つらいシーズンは大3だったかなと思います」。



 主将になることが決まったのはそんな最中だった。



 歴代の主将は結果で引っ張るタイプが多かった。自身が競技面で苦しんでいるときに主将をやると決めたのはなぜなのか。そこには彼のある思いがあった。


 萩原が2年生のとき、出場した日本インカレのマイルリレーで東洋大は3位という結果に終わった。

 「その年のオレゴン世界陸上のマイルリレーで世界4位になっていたジョセフさんをもってしても3番になるというのは危機感を持たなきゃいけないと思いました」。


 圧倒的な実力を持つエースを擁しても勝てないことがある。チームとして勝つためには何が必要なのか。萩原は、自身の持ち前の力を発揮するべきだと思ったという。


 「自分でも人の変化に気づけるというのは思っていて。人のいいところも悪いところもよく見える。だから自分が間を取り持てたら、もっと(チームとしての)力が出るのかなって思いました。それが主将をやりたいと思ったきっかけです」。


 個だけではなく、チームとして強くなるために。萩原は主将として鉄紺を背負う覚悟を決めた。

 




“自分らしさ”を取り戻した


 主将としての1年を歩み始めた萩原。気負ってしまう部分もあったが、自身の悩みは切り離してチームのことを考え続けた。


 そんな中、ようやく調子を取り戻すときが来る。

 「7月くらいにまたふっと47(秒台)の中盤くらいまでもって来れて。そこからはちゃんと自分と向き合って陸上をやれていました」。


 ようやく主将として、走りでもチームを引っ張っていけることがうれしかった。



 8月上旬、萩原は日本インカレのメンバー選考をかけ、記録会に臨んでいた。400mには萩原を含め、東洋大から5名が出場。「良い兆しが見えた」。個人として、チームとしての手ごたえをつかんだ大会だった。


 最後の大舞台を前に力を取り戻しつつあった萩原はレース後、

 

「こんなところで終われないので、頑張ります」。


そう笑って言い残し、日本インカレに向けて一心に進んでいった。




 「最後は自分らしく走ろうって。へらへらしながら走るのが自分なので(笑)そういう風なスタンスでいようって思えたのが最後の方でした」。


 プレッシャーに打ち勝ち、低迷を抜け出した萩原。“自分らしさ”を取り戻し、最後は思い思いに駆け抜けた。




主将として迎えた最後の日本インカレ


 主将として迎えた最後の日本インカレ。萩原はマイルリレーの予選で3走を任された。他大学を圧倒する強さを見せた東洋大のバトンは、1番手で萩原へ。後方からの猛追にも屈することなく、意地の走りでそのままトップでバトンをつなぎ、役目を果たした。



 東洋大は1着で決勝へ。決勝での出走はかなわなかったが、仲間に優勝を託し、スタンドから誰よりも大きな声援を送った。


 「走れなかった4年生の分も背負って走った」とアンカーを担った同期の新垣颯斗が逆転し、東洋大が優勝。萩原の目からは大粒の涙があふれた。



 「長かったけどあっという間だった」。日本インカレを終えた萩原は、主将として過ごしたこの1年をそう振り返った。


 誰よりも熱い思いで、チームのために過ごしてきた。主将としての率い方は結果を出すだけではない。一人ひとりに目を配り、声をかけ、チームとしての強さを確かなものにしていった。ひとつになったチームで、萩原自身がひとつにしたチームで戦う最後の4日間。そこには鉄紺の強さが輝いていた。




引退する萩原のこれからも続く夢


 萩原は大学競技生活をもって、第一線を退く。それでも


 「東洋はこれからもっと強くなっていくと思う。大学というカテゴリーの中だけじゃなくて、陸上界全体で見たときに東洋やばいなって思われるチームをつくっていってほしいし、もっと先の話をすれば、陸上といえば東洋って言われるように、日本基準でもそうですし、世界へ羽ばたいて東洋という名を知らせてほしい。そこまで夢見させてほしいなって思います」。


 そう語る萩原の夢は後輩たちに託され、これからも続いていく。



 これまでの陸上競技を通しての出会いが、萩原の今を形作った。

 「中学で陸上の面白さを教えてくださった川本コーチ、高校で400という道を切り開き、寄り添ってくださった夏目先生、山本コーチ、そして自分をより大きな舞台で勝負できるようご指導してくださった梶原監督をはじめ、コーチの方々。今までの陸上人生で関わってくださった方々全員が今の自分の糧となっています」。

 陸上を引退しても、培ってきたものを励みに新たな道を歩んでいく。



 「これからの人生、どんな形でも必ず自分に自信を与えてくれると思います」。鉄紺をまとい、チームを率いた日々に萩原は胸を張る。


 自身が苦しいときでも明るくチームをまとめ続けた主将。「世界」への道を築いた1人として、これからも東洋大の躍進を見守り続ける。





TEXT=近藤結希

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