Article

記事


2026.03.29
コラム

第933回 最後の一行 執筆者・近藤結希

 お久しぶりです。3年の近藤です。あっという間に3年間が過ぎ、ついに引退コラムを書く時が来ました。何度も悩んで、それでも書き続けてきたこの3年間。私は、顔も知らない先輩方の引退コラムに勇気づけられてきました。

 だから今日は、ここに私の3年分の思いを残しておきたいと思います。




 大学新聞の存在を知ったのは、受験生の時です。ある大学のスポーツ新聞部の活動紹介を一目見て、「大学生になったら絶対やりたい」って思いました。


 記者になることは、幼い頃からの夢でした。


 言葉を届けたい。誰かの思いを伝えたい。その気持ちが変わったことはありません。


 高校までの私は陸上が大好きで、だけど地方住みだったこともあり、なかなか現地へ見に行くことはできませんでした。いつもその姿を知るのは、テレビや記事を通して。

 特に言葉を通じて広がるレースの情景や、走りだけでは分からない選手の心境やその裏にある背景を知れる記事が大好きで、スポーツ紙や陸上雑誌を片っ端から買って、何度も何度も読んでいました。


 そんな届ける側に、大学生のうちからなれるなんて。大学新聞を知った瞬間の驚きは今でも覚えています。そこからは受験校も大学新聞があるところばかりを選び、それをモチベーションに過ごした受験期でした。



テレビ越しに見ていた箱根駅伝のスタート




 実際にスポトウに入ってからの活動は、想像よりもはるかに楽しくて、可能性にあふれていて、そして心を動かされることばかりでした。

 初めて紙面に自分の名前が載った時のあの喜びは、きっと一生忘れられません。拙い記事で今となっては少し恥ずかしいですが、それでも初めての執筆で、何もわからないなか一生懸命書いたものです。


 いつしか記事を書くことが、紙面に載ることが当たり前になっていくのかな、なんて思っていましたが、最後までその喜びが消えることはありませんでした。何十本書いても自分の記事が載ることは嬉しかったし、何度レイアウトをしても、紙面が完成した日や初めて手に取った瞬間、そしてそこに至るまでの苦労は忘れることができません。


 それでも、スポトウで過ごしていくうちに変わったこともありました。書いた記事の閲覧数とか、SNSのいいね数とか、最初は全く気にしていなくて、1人でも読んでくれる人がいるならそれでいいと思っていました。自分のために書いていた節もあったような気がします。 

 でも取材に行くうちに、いろんな瞬間に触れて、応援したくなって、誰かに、できることならたくさんの人に届けたいと思うようになりました。


 そこからは、どうしたらもっとたくさんの人に読んでもらえるのか。心を動かす記事が書けるのか。考え続ける毎日でした。




 私は、陸上競技部の取材チーフを務めさせていただきました。東洋大陸上競技部には、短距離部門、女子長距離部門、長距離部門の3つの部門があります。

 少し長くなってしまいますが、取材してきた日々を振り返らせてください。

 


 まずは、短距離部門です。私は入学当初は正直、あまり短距離には詳しくありませんでした。それでも、何度も表彰台に上がる姿や、日本のトップに挑み続ける鉄紺を見ているうちに、気づけば短距離も大好きになっていました。

 一瞬に懸ける思い。華やかな結果の裏にある日々。「走る」「跳ぶ」という一見単純な動作に、ここまで思考を巡らせ、突き詰めているのかと圧倒されました。

 結果が全てではないですが、やっぱりトップで戦う方々は心持ちも、努力量も、思考力も、そして人間性まで。何もかも研ぎ澄まされているんだなと、取材の度に感じてきました。

 

 ある方が、記事を「書いてくれてありがとう」と言ってくださったことがありました。

 写真を撮ることも、取材をすることも好きだけど、 私が1番やりたかったのは記事を書くことでした。でも、やっていく中で誰も読んでいないんじゃないかなと思ってしまうこともあって。だからこそ、この言葉は本当に嬉しかったです。

 

 長距離や駅伝が好きだった私が短距離も同じように好きになれたのは、間違いなく東洋大陸上競技部のおかげです。

 日本一をかけて。世界を目指して。戦い続ける東洋大は、本当に「日本一」素敵なチームだと思います。そんなチームを取材できて、たくさんの瞬間に立ち会わせてもらって、幸せでした。



マイル優勝後のチームの歓喜は一瞬も逃したくなくて

シャッターを切り続けました




 次に女子長距離部門です。

 本当にいつも温かく取材を受けていただきました。長距離は苦しい競技のはずなのに、明るく、笑顔で前を向くチームの皆さんを、心から尊敬しています。


 私自身、高校までは長距離をしていましたが、あのように競技に向き合うことはできませんでした。だからこそ、鉄紺女子の皆さんがどれほどの努力を重ねているのか。どんな思いで走り続けているのか。その強さはひしひしと感じていたと思います。


 「歴史を刻む」挑戦。掲げたスローガンに向けて、逆境にも立ち向かう姿は本当にかっこよかったです。

 最後の富士山女子駅伝のゴールで見たチームの方々の笑顔と涙はきっと忘れないし、インタビューで話してもらった言葉につい泣いてしまいそうになったことを覚えています。

 ひたむきに競技に向き合い続ける姿に、いつも心を動かされていました。

 

 取材に行く度に、温かい言葉をかけていただきました。やっていて良かったと心から思える瞬間を、何度ももらった女子長距離部門の皆様には感謝が尽きません。


チームの最後の駅伝となる富士山女子駅伝

毎年特別な気持ちになりました




 最後に長距離部門です。

 私がテレビ越しに見ていた「伝統」を守るために、たくさんの努力を重ねる姿を追いかけてきました。大きな重圧があったと思います。それでも走り続ける選手の方々の姿を伝えたいと奮闘した3年間でした。


 応援してくださる方がたくさんいらっしゃるからこそ、間違った言葉の使い方は絶対にしたくなかった。SNSで過激な言葉が飛び交う世の中で、私が書いた記事で選手やチームが批判されるようなことは絶対にしたくない。だからいつも、記事を上げるのは少し怖くて、何度も何度も読み返して、ドキドキしながらアップしていました。


 でも、それはまったくの杞憂で、ファンの方々からはいつも温かい言葉を寄せていただきました。

 チーフになって間もない時、SNS上で私が書いた記事に「この記事を書いた方、ぜひ記者になってほしい」とコメントをくださった方がいました。その言葉がチーフを務めてきた2年間、ずっと励みになっていました。

 記事を読んでくださり、温かい言葉を寄せていただいた鉄紺ファンの皆様、本当にありがとうございました。


 これからも強い東洋がずっと続いていって欲しいし、そこで努力を重ねる選手にかけられる言葉は、温かい思いで溢れていて欲しい。私も鉄紺ファンとして、これからもずっと東洋を応援しています。


8時間場所取りをしてやっと撮れた20年連続シードの瞬間

このときばかりは涙を堪えきれませんでした

 



 一つひとつの出来事を振り返れば、キリがありません。大切な思い出があまりに多くて書き尽くせないので、それは自分の中に留めておこうと思います。



 緊迫の瞬間に、震える手でシャッターを切ったこと。カメラを覗く視界がにじんで、必死に感情を抑えながらその姿を追いかけたこと。インタビューで触れる言葉に、心を動かされたこと。この思いを届けたいと願ったこと。


 スポトウでなければ出会えなかったその瞬間全てが、宝物です。






 選手やマネージャーさん、チームスタッフの方々は本当に輝いていて、羨ましくなることもたくさんありました。自分は頑張れているのかなと何度も思いました。


 取材をするときはいつも一人。何人で取材に行っても、撮影のために分かれる私たちは、スポトウの部員と一緒にレースを見ることはほとんどありません。チームで戦うキラキラしている人たちに、一人で遠くからカメラを向けるのはすごく寂しかった。

 大好きなスポトウだったけど、やっぱり全力で輝いている人たちが羨ましいと思ってしまう気持ちは、最後まで消えませんでした。



 それでもこの3年間、私の頭の中にはずっとスポトウがありました。自分の力の無さに悩んで、何度も悔しい思いもして。それでも伝えたい、届けたいと模索して。

 プロの記者の方々と肩を並べるには足りないことばかりだけど、伝えたいという思いと、応援する気持ちは誰にも負けないと思っています。


 そして、選手がトラックで夢を追いかけるように、私にとって夢を追いかける場所は、このスポトウでした。


 選手たちのように表舞台で輝いているわけではなくて、マネージャーさんやスタッフの方々のように、その輝きを支えられるわけでもないけれど、そんなチームをもっと輝かせられるのが記者で、それが私の憧れでした。


 言葉にすべてを込めて、どんな時も鉄紺だけを追いかけて、心から応援して、届いて欲しいと願って。時々羨ましく、切なくなって。そんな私の3年間が、いつか未来の自分から、少しでも輝いて見えたらいいなと思います。

 

 そして、私が心を動かされてきたその日々を形に残すことは、ここでしかできなかったことだから。今は、どんな時もカメラ越しに見る景色を、1人でペンをとる時間を、誇りに思っています。





 私が紡いできた言葉は、どれだけの人に届いていたのでしょうか。実感できる機会は決して多くはなかったけれど、それでもゼロではありませんでした。


 読んでもらったその瞬間だけでも、少しだけでも心を動かすことができたなら。選手と読者をつなぐ橋渡しができたなら。この3年間やってきてよかったって、そう思えると思います。それが、私がずっと夢見てきたことでした。



 楽しいことばかりじゃなくて、いっぱい悩んで、思うようにいかなくて苦しい時もたくさんあって。それでも続けてきたのは、もっと頑張る人たちをずっと見ていたからです。

 私も努力できる人でありたい。取材に行く度にそう思わせてもらいました。



 たくさんの努力を、輝く姿を、そして自分自身の夢を、追いかけ続けた3年間でした。

 かけがえのない時間をくれたこのスポトウという場所に、今まで取材させていただいた全ての方に、一度でも記事を読んでくださった皆様に、心から感謝しています。




 そして何より。


 何もわからなかった私に、一から教えていただいた先輩方。引退されてからも事あるごとに相談に乗っていただいて、本当に支えられていました。ありがとうございました。


 後輩のみんな。頼りない先輩だったと思うけど、たくさん取材に来てくれて、いつも助けてくれてありがとう。みんなの書く記事をこれからも楽しみにしています。何かあったらいつでも頼ってね。


 同期へ。たくさん泣いて笑って、いろんな瞬間を一緒に過ごしてくれてありがとう。笑顔でいられる時ばかりじゃなかったけど、心から届けたいって思う気持ちは、みんな同じだったんじゃないかなって思います。これからは観客として、純粋にいろんな大会を見て、一緒に一喜一憂できたらいいな。


 スポトウのみんながいてくれたから、今があります。





 最後に。この3年間、私が一番こだわってきたのは、最後の一文です。ありきたりな言葉に逃げないと決めて、ずっと読者の心に残るような言葉を探し続けてきました。


 最後のコラム、最後の一行。


 たくさん考えたけど、それでもやっぱり、ありきたりなこの言葉しか出てきませんでした。


 だから、精一杯の感謝を込めて。


 3年間、本当にありがとうございました!スポトウで過ごせて、幸せでした。