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2026.03.30
アイススケート

[アイスホッケー]卒業企画 アイスホッケー部編 森田選手・柚木選手・大和選手

アイスホッケー部卒業インタビューを2回に分けてお送りします!今回はチームをけん引していった、森田選手・柚木選手・大和選手のインタビューです!


1.4年間で一番心に残っていることは何ですか?

森田) エイワ杯で中大に延長負けして次の日が明大戦だったとき、絶対に勝たないといけないという覚悟で試合に臨んで、試合開始すぐに得点したときと、PSS(ペナルティシュートアウト)で明大に勝って皆でキーパーのところに集まって喜びを分かち合ったときです。

柚木)シーズンを振り返ると、嬉しい瞬間は数えきれないほどありましたが、個人的には“悔しさ”の方が強く心に残っています。自分たちは他チームの結果をあまり気にせず、目の前の試合に集中していました。しかし、秩父宮杯で明大に敗れたことで、そこで優勝の可能性が消えたと実感し、大きな落ち込みを覚えました。チームがなかなか一つにまとまらない時期もありましたが、時間をかけて少しずつ結束が強まり、迎えた中大戦には確かな手応えと希望を持って臨めていたんです。それでも結果は敗戦して、自分の中では「決勝を二度落とした」ような苦しさがあり、その悔しさは今でも鮮明に残っています。

大和)昨年度のインカレで中大に負けたときですね。その時のシーズンは秋リーグ優勝と全日本でプロに勝って初のベスト4という好成績が並んでいた中でインカレの準々決勝で負けたところがすごく悔しかったです。実際自分たちは決勝に行くものだと思っていましたし、試合終了した瞬間に先輩たちが引退っていうのと、いろいろと楽しい記憶もありながら、すごく寂しい記憶もあって。そこが自分の中で一番苦しく、記憶に残っています。


2.応援してくれたご家族に一言お願いします

森田)自分は3歳からアイスホッケーを始めて、そこからずっと苫小牧の小学校・中学校・高校というようにホッケーを続けてきました。一つのチームに所属していたわけではなくて、複数のチームに所属していました。そんな中、練習が終わった後に送迎をしてくれたり、高い防具を買ってくれたりしてくれました。親がいなければここまでアイスホッケーを続けてこられなかったなと感じますし、ちゃんとありがとうと伝えたいなと思っています。


柚木)親に対してはすごく感謝しているというのはあります。5歳ぐらいからアイスホッケーを始めて、そこから紆余曲折あるホッケー人生を送ってこられたのも親のおかげですね。特に僕は高校のときにアメリカに留学したというのがあって、その時はもちろん金銭面でもすごく負担をかけたなというのは感じています。でも金銭面だけではなくて、息子が日本を離れるということが、今の年齢になってすごく心配をかけたのだろうなと思います。心配や苦労をかけたというのは自分でも理解しているつもりではいますが、残りの2週間半でアイスホッケーを続けてこられた感謝をいうのを親に最大限伝えたいなと思います。


大和)アイスホッケーをここまで続けてこられたのは親のおかげです。僕は長野出身で、中学に上がる前に北海道に行きたいということを親に伝えたのですが、その時親が一緒に北海道に行くということを言ってくれました。新しい環境に慣れない中でアイスホッケーをするのはすごく難しいなと思っていた中で、そのような言葉をもらえたということと、何より自分の考えを否定せずに応援してくれたところに感謝しています。恥ずかしい気持ちもありますが、直接ありがとうと気持ちを伝えたいなとは思います。


3.色紙に書いた言葉への思いはなんですか?

森田)やっぱり東洋のアイスホッケーの魅力といえば、やはりスピードかなと思い、この言葉を選びました。

柚木)試合前に行うミーティングで監督がスライドを作ってくれて、そのスライドの最後に「心技体」という言葉があるんですよ。思い返してみると、うちのチームは「心」という部分でメンタルトレーニングを取り入れたりとか、ベンチの声かけとかで試合を積んでいくことに重きを置いていると思うので言葉にしました。

大和)試合に勝つために「するべきこと」という意味でこの言葉を選びました。相手と戦うときにどのような嫌なプレーをするかであったり、結果を勝ち取ったりするためにすべきことは何だろうと心がけています。

text/photo=村田旺亮

このインタビューは2025年12月に行ったものです。